COLUMNコラム
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「たぶん大丈夫」が一番危ない――利益相反チェックを人の記憶に預け続けることのリスク
若手弁護士向け 2026.06.29.

若手弁護士

横田

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~目次~
なぜ利益相反チェックは「人力」だと漏れるのか
多くの事務所では、利益相反のチェックを弁護士の記憶や、手書き・エクセルの名簿への目視照合に頼っています。登録間もない頃、案件数が両手で数えられるうちは、それで大きな問題は起きにくい。自分が誰の何を扱っているか、頭の中に地図があるからです。
ところが事務所が大きくなり、所属弁護士が増え、過去案件が積み上がると、その地図はあっという間に描き切れなくなります。
自分が直接担当していない案件こそ、利益相反の盲点になりやすい。
同僚が二年前に受けた相談、退所した弁護士が残した記録、共同受任の相手方の関連会社。これらは「誰かの記憶」には残っていても、「事務所全体で参照できる形」にはなっていないことが多いのです。とくに退所者が抱えていた案件は、引き継ぎ書面に相手方の名前まで残っていないことが珍しくありません。
- 担当外の案件は、そもそも記憶に入っていない
- 古い案件ほど記憶が薄れ、名簿の更新も止まりがち
- 名簿が複数の場所に分散し、どれが最新か分からなくなる
さらに厄介なのは、利益相反のチェックが必要になる場面ほど、急いで判断を迫られることが多いという点です。
紹介者の手前すぐに返事をしたい、相手方に先んじて受任しておきたい――そうした時間の圧力がかかるときほど、記憶への照合は雑になります。
現実の受任判断は、落ち着いて名簿を一行ずつ確認できるような静かな環境では行われないのです。


人の目が取りこぼす典型パターン
人力チェックが取りこぼすのは、たいてい「ほんの少しだけ違うもの」です。
完全な別人ではなく、限りなく近い情報。ここに人間の認知の癖が出ます。脳は似たものを「同じ」と早合点する一方で、わずかな差異を「別物」と切り捨てることもあり、その両方が見落としにつながります。
- 旧姓と現姓(結婚・離婚で姓が変わった当事者)
- 通称・屋号・略称(株式会社の有無、ローマ字表記とカタカナ表記)
- 二文字違い、送り仮名や表記ゆれ(「渡辺」「渡邊」「渡部」など)
- 数年前の単発の法律相談で、受任には至らなかった履歴
- 法人の商号変更や合併で、同じ実体が別名になっているケース
とくに過去の相談履歴は厄介です。
受任していないからファイルも薄く、記憶にも残りにくい。けれども利益相反の判断上は、相談を受けた事実そのものが意味を持つ場面があります。
たとえば、かつて夫側から離婚相談を受けた相手の妻側が、数年後に別件で依頼に来る、といった連鎖は実務でしばしば起こります。人の目は、こうした「目立たないが効いてくる情報」を最初に取りこぼします。注意力の問題ではなく、人間の照合能力の構造的な限界だと考えたほうが正確です。


専用システムは何を自動で照合するのか
ここで専用システムの考え方が出てきます。ASPICがまとめた弁護士向け案件管理システムの比較記事でも、利益相反(コンフリクト)チェックは、新規案件を登録する際に既存データと照合し、関係性を自動検出して警告する機能として整理されています。
専用システムが人力と決定的に違うのは、表記ゆれや別名を含めた突き合わせを、受任を検討する段階で機械的に走らせる点です。依頼者・相手方・関係者の名前を入力すれば、過去に蓄積した全データと照合し、近い情報があれば候補として示してくれる。旧姓や別表記まで拾う設計のものであれば、人の記憶では結びつかなかった点と点がつながります。しかも機械は、何百件あろうと疲れず、急いでいようと手を抜きません。人間が苦手とする「単調で大量の照合」こそ、機械の最も得意とする領域です。
- 新規の名前を、過去の全案件・全連絡先と一度に突き合わせる
- 完全一致だけでなく、近い表記も候補として提示する
- 受任の可否を検討する「前」に確認が終わる
断っておくと、システムは最終判断をしてくれるわけではありません。
利益相反に当たるかどうかの評価は、あくまで弁護士の仕事です。候補として挙がった過去案件が本当に同一人物なのか、形式的には近くても相反に当たらないのか、といった判断には法的な検討が要ります。システムが担うのは、その判断の手前にある「見落としを減らす照合作業」。候補をあえて広めに拾い、最後は人が絞り込む、という役割分担が現実的です。判断の質を上げるための土台づくりだと捉えるのが、過不足のない理解だと思います。


案件管理と一体で動かして初めて意味を持つ
そして肝心なのは、利益相反チェックは単独では真価を発揮しにくい、ということです。照合の精度は、照合対象となるデータの質と量で決まります。つまり、日々の案件情報がきちんと一元管理されていて初めて、チェックが意味を持つ。どれだけ優れた照合エンジンでも、突き合わせる先のデータが欠けていれば、結果は「該当なし」と出るだけです。
依頼者、相手方、関係者、相談だけで終わった案件まで、すべてが一つの場所に集約されている。だからこそ、新しい依頼が来た瞬間に過去の全案件と突き合わせられる。
案件管理と利益相反チェックが同じデータ基盤の上で動くことが、見落としを減らす条件なのです。逆に言えば、名簿だけ立派でも、日々の案件記録がばらばらなら、照合は穴だらけになります。チェック機能の精度を上げる近道は、実は派手な照合技術ではなく、受任時に当事者を漏れなく登録するという地味な「日々の記録の徹底」なのです。


一度の見落としが招くもの
利益相反の見落としは、ミスの中でも特に重い結果につながりやすいものです。発覚すれば、進行中の事件から辞任せざるを得ない場合があり、依頼者に実害が及べば懲戒や紛争に発展することもある。
辞任となれば、それまで積み上げた主張や証拠収集の労力が依頼者にとって無駄になり、新たな代理人への引き継ぎコストも生じます。
そして何より、いったん「あの事務所は相反に甘い」と見られれば、積み上げてきた信用が大きく揺らぎます。
能力や誠実さの問題ではありません。膨大な案件を、人の記憶だけで完全に管理し続けることに無理があるのです。だからこそ、漏れやすいところを仕組みで補う。それは慎重さの放棄ではなく、慎重さを最後まで貫くための備えだと考えています。
自分の記憶力を過信しないという謙虚さこそ、利益相反という落とし穴を避ける最初の一歩なのかもしれません。



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