COLUMNコラム
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MBOの「構造的利益相反」から学ぶ――東証2025年改正と、利益相反を構造で捉える視点
若手弁護士向け 2026.06.21.

若手弁護士

横田

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~目次~
経営陣による買収に内在する対立構造
MBO、すなわち経営陣による自社の買収では、ある奇妙なねじれが生じます。
買う側に立つ経営陣は、なるべく安く買いたい。一方、売る側である一般株主は、なるべく高く売りたい。本来であれば対峙すべき二つの立場を、経営陣が同時に背負ってしまうのです。
価格交渉のテーブルの両側に、同じ人物が座っているような状態だと言い換えてもよいでしょう。
支配株主による完全子会社化でも、同じ性質の問題が起きます。
親会社が子会社を完全に取り込もうとする局面では、親会社の利益と子会社の少数株主の利益が、買収価格をめぐって正面から食い違う。これは誰かが不正を働くかどうか以前の話で、立場の配置そのものから利害の衝突が組み込まれている。だから構造的利益相反と呼ばれます。
この「構造」という言葉が重要です。
経営陣がどれほど誠実でも、株主への思いがどれほど真摯でも、対立の芽そのものは消えません。
個人の善意では消せない種類の対立だ、という点が出発点になります。
だからこそ、当事者の人柄に期待するのではなく、対立を前提に置いたうえで、それを外から牽制する仕組みが必要になるわけです。
- 安く買いたい側と高く売りたい側が、同一人物の中に同居する
- 悪意の有無ではなく、ポジションの設計から生じる対立である
- 善意では消えないからこそ、外部からの牽制の仕組みが要る


東証2025年改正が動かした三つの柱
こうしたリスクの高い取引が高水準で続いていることを背景に、東京証券取引所は2025年7月7日に上場規程等を改正し、同月22日から施行しました。BUSINESS LAWYERSの解説によれば、改正の柱は大きく三つです。
一つは、規律の対象となる行為の拡大です。
これまでMBOや支配株主による完全子会社化が中心だったところに、その他の関係会社等による完全子会社化取引も取り込まれました。形式的な持株比率の線引きの外側にも、実質的に利益相反が生じうる取引が存在する――その現実に制度を寄せた、という見方ができます。
二つ目が特別委員会の機能発揮、三つ目が情報開示の拡充です。
あわせて、上場会社のIR体制の整備も求められるようになりました。
三つの柱は、別々に効くというより連動して効きます。
対象を広げ、検討の主体に実質を求め、その検討の中身を外に開く。
この三段で、形だけの手続が通用しにくい方向へ動かそうとしている、と理解すると見通しが良くなります。なお、これらは2025年7月22日以後に決定する取引に適用される点も、実務上は押さえておきたいところです。
- 対象行為の拡大、特別委員会の機能発揮、情報開示の拡充の三本柱
- 2025年7月22日以後に決定する取引に適用される
- 三つの柱は連動し、形式的な手続が通用しにくい方向へ働く


「不利益でない」から「公正である」へ――目線の転換
改正の中でも、考え方として象徴的なのが判断基準の変化です。
従来は、少数株主にとって「不利益でない」ことに関する意見の取得が求められていました。ところが、これだと価格に懸念が残っても、一定のプレミアムが付いていれば「不利益ではない」と言えてしまう余地があった。
現在の市場価格より高い値が付いていれば、株主は損をしていない、という論法です。
しかしここには落とし穴があります。
「損はしていない」ことと、「本来受け取るべきだった価値を受け取れた」ことは別だからです。
改正後は、取引が「一般株主にとって公正であること」に関する意見の入手が求められます。消極的に害がないかを問う姿勢から、積極的に公正かを問う姿勢へ。企業価値の増加分が一般株主に公正に分配されているか、という目線です。買収によって生まれる価値の取り分が、買う側に偏っていないかを正面から問うわけです。
あわせて株式価値算定の前提などの開示も拡充され、外から検証できる材料を増やす方向に進んでいます。
財務予測のような算定の土台が見えれば、結論の数字だけでなく、そこに至る過程まで検証できる。
これは投資家にとっても、助言する専門家にとっても、判断の足場が一段増えることを意味します。
- 「害がないか」を問う基準から「公正か」を問う基準へ
- 財務予測など算定の前提条件まで開示を求める方向
- 「損していない」と「公正に分配された」は別の問いである


特別委員会は、置けば機能するわけではない
利益相反のある取引では、独立した第三者の目を入れる仕組みとして特別委員会が活用されてきました。買う側の影響を受けない立場の者に価格や条件を吟味させ、その判断を取引の正当性の支えにする、という発想です。
ただ、設置しさえすれば安心、というわけではありません。過去には、社外役員一名の意見をもって足りるとした例もあったと指摘されています。
形だけの委員会では、利益相反を牽制する力は生まれません。
委員が独立しているか、必要な情報を与えられていたか、価格に踏み込んで検討したか。中身が伴わなければ、委員会は「手続を踏んだ」という外見を整えるだけの装置になりかねない。
今回の改正では、検討主体が特別委員会であることを明確化し、検討すべき観点や判断の根拠を意見の中で十分に説明することが求められました。意見書そのものを開示資料に添付することも要請されています。
形式として委員会が存在することと、それが実効的に機能していることは違う――この区別を制度として詰めにいった、という理解ができます。
中身と根拠を外に開かせることで、後から検証できる状態に置く。これは、委員会という器に実質を注ぎ込ませるための、ひとつの工夫だと言えます。
- 委員会の「存在」と「実効性」はイコールではない
- 検討の中身と根拠を開示させることで、実質を担保しにいく
- 独立性・情報・価格への踏み込みが揃って初めて牽制が働く


利益相反は「気づけるか」が九割
ここまで上場会社の話をしてきましたが、視点を自分の足元に戻すと、得るものは小さくありません。
利益相反を、個々人の倫理の問題としてだけ捉えると、「自分は大丈夫」で終わってしまいます。けれど構造として捉えると、立場の配置を点検する習慣が生まれます。自分の善良さを信じるかどうかではなく、いまの自分がどんなポジションに置かれているかを冷静に見る、という姿勢です。
そして利益相反の難しさの大半は、対応そのものより、その存在に気づけるかどうかにあります。
相手方になりうる者から相談を受けていないか、過去に関与した案件と衝突していないか。
たとえば、以前にある会社の側で関与した紛争の相手方が、別件で相談に来る。名前や事案が変わっていると、記憶だけでは結びつかないことがある。気づきさえすれば、辞任なり同意取得なり、打てる手はある。気づけなければ、何も始まりません。
だからこそ、気づくための網をいかに張るかが実務の勘所になります。構造を見る目と、取りこぼさない仕組み。前者は思考の習慣で、後者は記録と突合の仕組みです。
受任のたびに関係者名を残し、新しい相談が来たら過去の依頼者や相手方と機械的に突き合わせる。こうした地道な照合の積み重ねが、記憶では拾えない衝突を浮かび上がらせます。その両輪が要るのだと思います。
- 倫理の自負ではなく、構造の点検として利益相反を扱う
- 対応の巧拙より前に、「存在に気づけるか」が勝負を分ける
- 思考の習慣と、記録・突合の仕組みの両輪で網を張る



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