COLUMNコラム
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供述が食い違った瞬間に守れなくなる――共犯者双方の弁護と、受任前の名前照合
若手弁護士向け 2026.06.18.

若手弁護士

横田

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共犯両名を一人で弁護するとどうなるか
共犯関係にあるAとBの弁護人を一人で務め続けて戒告に至った事例は、刑事弁護の落とし穴を鮮明に示しています。
受任の当初、二人の主張が揃っているうちは何も起きません。むしろ「二人とも否認で一枚岩」という状況は、弁護人にとって都合がよく見えることすらあります。
問題は、刑事手続の進行とともに供述が分かれていく局面で生まれます。
一人の弁護人が両名を抱えていると、一方に有利な弁護が他方に不利に働く瞬間が必ず訪れます。
たとえば、Aの関与を軽く見せる主張は、相対的にBの関与を重く描く。情状を争う段階で「主導したのは相手だ」という構図が立ち上がれば、二人の利害は真っ向から衝突します。そこで弁護人は身動きが取れなくなる。
これは能力の問題ではなく、立場の構造そのものに起因する利益相反です。
弁護士職務基本規程も、依頼者間で利害が対立する事件を同一の弁護士が受任することを原則として禁じています。共犯事件で双方を受任する危うさは、この規律が想定する典型例の一つだと理解しておくとよいでしょう。
腕のいい弁護人ほど、両名のために尽くそうとして、かえって深みにはまりかねないのです。
受任の段階で「経済的にも効率がいいし、二人とも知り合いだから」と一人で引き受けてしまう判断は、現場ではあり得ない話ではありません。被疑者の家族が「まとめてお願いしたい」と頼んでくることもある。けれど、その効率や人情のために選んだ体制が、後で身動きを奪う枷になる。
最初に「共犯は原則として別々の弁護人で」という線を引いておくだけで、避けられる事故は少なくありません。
スタート時点の小さな判断が、手続全体の自由度を決めてしまうのです。
- 当初は供述が一致し、相反が見えない
- 進行とともに利害が分岐する
- 規程が原則禁止する利害対立の典型例にあたる
- 一人では両名を等しく守れなくなる


利益相反は受任後に突然表面化する
利益相反というと、受任前のチェックで防ぐものと考えがちです。それは半分正しく、半分足りません。
共犯事件のように、対立が後から噴き出す類型があるからです。
受任の瞬間にはどこにも相反が見当たらず、書類上も問題なく通ってしまう。だからこそ油断が生まれます。
受任時点では誠実に双方を弁護できると思っていても、捜査や公判で事実が動けば、昨日まで一致していた利害が割れる。被疑者段階では口裏が合っていても、起訴後に一方が態度を変え、取調べで相手を指す供述を始めることは珍しくありません。
だからこそ、受任前のチェックと並んで、進行中に相反の芽を見逃さない感度も求められます。
気づいた時点での対応の遅れは、致命傷になります。供述が割れ始めたのに「もう少し様子を見よう」と抱え続ければ、一方の利益のために動くたびに他方を裏切ることになる。
本来であれば、相反が顕在化した段階で少なくとも一方の弁護を辞任するなどの判断が要る。その決断が遅れれば、双方の信頼を同時に損ない、後から「なぜ放置したのか」を問われます。
相反は、入口で防ぐものであると同時に、途中で速やかに手を引くべきものでもあるのです。


中立でいられない構造を直視する
この問題の核心は、弁護士本人の善意では中立を保てない点にあります。
Aを守るための主張が、そのままBを追い込む。Bの利益を優先すれば、Aへの背信になる。
一人の弁護人がこの綱を渡ることは、原理的に不可能です。どれほど公平を心がけても、限られた弁護資源を二人に同時に最大限注ぐことはできません。
依頼者は弁護人に全面的な味方であることを期待します。その期待を二人に同時に向けられたとき、弁護人は必ずどちらかを裏切る。一方のために提出する証拠、一方のために組み立てる弁論が、もう一方にとっては不利な材料になる。中立という言葉でごまかせない、ゼロサムの構造がそこにあります。
ここを「自分なら公平にやれる」と考えてしまうのが、最も危ういところです。
中立を保てると信じるほど、対立が表面化したときの方針転換が遅れる。構造上どちらかを切らざるを得ないなら、その現実を早く直視するほうが、結果的に双方の損害を小さくできます。
善意は、構造を覆す力にはなりません。むしろ善意があるからこそ、引き際を見誤りやすいのだと心得ておきたいところです。
この構造を直視できるかどうかは、ひとり一人の弁護士の資質というより、平時にどれだけ言語化しておけたかにかかっています。事が起きてから「公平にやれるはずだ」と考え始めれば、すでに感情と利害が絡んで冷静な判断は難しい。
だからこそ、共犯双方を一人で抱えることの原理的な無理を、何も起きていない今のうちに腹に落としておく。構造の理解は、危機の瞬間に方針を切り替えるための、いわば事前の予防接種のようなものです。
- 一方への忠実が他方への背信に直結する
- 善意では構造を乗り越えられない
- 公平を信じるほど引き際の判断が遅れる
- 結果として双方の信頼を失う


受任前の名前照合という最初の防波堤
受任後に表面化する相反がある以上、入口での防御はなおさら重要になります。
途中で噴き出す相反を完璧に予見することはできなくても、入口で拾える相反まで取りこぼしては、防げたはずの事故まで招くことになる。
最初の防波堤は、受任前に相手方・共犯者・関係者の名前を必ず照合することです。
新しい依頼を受ける前に、その事件に登場する人物が、すでに自分や事務所が関わっている誰かと重なっていないか。被害者、共犯者、参考人、さらには過去に相談だけ受けた相手――関係者の名前を漏れなく拾い、過去の受任記録と突き合わせる。
共犯事件であれば、もう一方の被疑者を別ルートで以前に担当していなかったか、被害者側に立ったことはないか、といった確認が要になります。
この一手間が、後で身動きが取れなくなる事態を入口で止めます。照合の段階で重なりが見つかれば、その依頼を受けない、あるいは共同受任の体制を組み替えるといった選択が、まだ何のしがらみもない状態でできる。いったん受任してしまえば、辞任には依頼者への説明も、手続上の段取りも要る。負担も信頼への影響もまるで違います。
最初に名前を突き合わせるだけの作業が、後の重い決断を不要にしてくれるのです。


記憶と手書き名簿では取りこぼす
問題は、その照合を何に頼るかです。
記憶や手作業の名簿では、似た名前、旧姓、過去の関与履歴を簡単に取りこぼします。一字違いの氏名、結婚や養子縁組による姓の変化、数年前に少し関わっただけの参考人――人の記憶が最も弱いところを、利益相反は突いてきます。
取扱件数が増えるほど、この弱点は深刻になります。年間に何十、何百という関係者の名前が事務所を通過すれば、数年前に一度だけ登場した人物を正確に覚えていられる人はいません。
しかも危ういのは、「覚えていない」という自覚すら持てないことです。照合したつもりで、実は記憶から抜け落ちていた一件を見逃す。その見落としに、当人は気づけません。
照合は、人の集中力ではなく仕組みで担保すべき作業です。
名前を入力した瞬間に過去の全案件と突き合わさる状態をつくっておけば、見落としの確率は大きく下がる。表記の揺れや旧姓まで含めて機械的にあたれるなら、なおさらです。もちろん最後は人の目で判断しますが、「そもそも候補に挙がらない」という一番怖い状態は避けられる。入口を機械的に通すことが、後の綱渡りを未然に防ぎます。
仕組みに頼ることには、もう一つ副次的な効用があります。
照合の記録が残ること自体が、後から「相反の確認を怠っていなかった」ことの証拠になる、という点です。万が一、進行中に予見できなかった相反が表面化したとしても、受任の入口できちんと突き合わせていた事実が残っていれば、対応の誠実さを示せる。
逆に、何の記録もないまま相反が露見すれば、確認していたのかどうかすら証明できません。
照合を仕組みにすることは、見落としを減らすと同時に、自分の仕事の手順を可視化して守ることでもあるのです。



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