COLUMNコラム
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預り金規程はなぜ厳しくなったのか――「潔白なのに説明できない」を防ぐ記録の習慣
若手弁護士向け 2026.06.14.

若手弁護士

横田

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なぜ今、預り金規程が改正されたのか
弁護士による預り金の横領・着服が続発したことを受け、日弁連は預り金に関する規程を見直しました。
依頼者から預かったお金を私的に流用する事件は、被害が大きいうえに、弁護士全体への信頼を直接傷つけます。
「弁護士にお金を預けて大丈夫なのか」という不安が一件の不祥事から世間に広がれば、真面目に職務を果たしている大多数の弁護士まで疑いの目で見られかねません。
規程の厳格化は、その信頼を立て直すための対応という側面があります。
背景にあるのは、預り金の管理が個々の弁護士の良心や記憶に委ねられすぎていた、という反省です。
これまでは「弁護士なら不正などするはずがない」という前提に多くを頼ってきました。けれど現実に事件が続いた以上、性善説だけでは守れない領域がある、という認識が共有されつつあります。
仕組みで担保しなければ、善良な多数派の信用までもが守れない、という問題意識です。
もう一点見落とせないのは、預り金が依頼者にとって生活や事業の原資そのものであることが多い、という点です。
和解金、相続財産、売掛金の回収分――いずれも依頼者の人生に直結するお金です。その性質を考えれば、管理を個人の裁量に委ねきってきたこれまでのやり方のほうが、むしろ例外的だったのかもしれません。
規程の厳格化は、預かるお金の重さに管理の厳しさを合わせにいった動き、と捉えるのが自然だと思います。


改正で何が変わったのか
報道によれば、改正後の枠組みでは、依頼者からの返還に関する苦情が一件あっただけでも弁護士会が調査に入る、という運用が示されています。
これまでなら「様子を見る」段階だったものが、早い段階で確認の手が入る方向に変わった、と理解できます。
調査では預金通帳について写しではなく原本の提出を求める方向で、確認の精度を上げる狙いがうかがえます。
写しなら加工の余地が残りますが、原本を示せるかどうかは、日頃の管理状態をそのまま映す鏡になります。
さらに、調査に応じない弁護士の氏名を公表する制度も含まれていると報じられています。
- 返還苦情1件で弁護士会の調査が始まりうる
- 通帳は写しではなく原本の提出が求められる
- 調査を拒んだ場合、氏名公表という重い帰結がありうる
ハードルは確実に上がりました。裏を返せば、日頃から説明できる状態を保っていれば、恐れる必要のない仕組みでもあります。
整えている人にとっては、むしろ自分の潔白を示しやすくなる改正だ、とも言えます。


「混同」から始まる転落の構造
ここで強調したいのは、転落の多くが当初からの悪意では始まらない、ということです。
よくある経路はこうです。
複数の依頼者の金銭を一つの口座でまとめて管理し、誰の分がいくらかの境界があいまいになる。
ある案件で一時的に足りなくなり、別の依頼者の預り金から「少しだけ」流用してしまう。
最初は「すぐ戻すつもり」だったはずです。本人の中では立替や一時的な融通という感覚で、横領という意識すらないことも多い。ところが補填の当てが外れ、戻せないまま次の流用に手をつける。穴を埋めるために別の穴を開ける、という自転車操業に陥っていく。気づいたときには混同が積み重なり、もはや自力で穴を埋められない。
横領事件の少なからぬ部分が、この「区分のあいまいさ」から始まっています。能力でも倫理観でもなく、最初の一回の境界の崩しが入口です。
だからこそ、「自分は不正などしない」という自負は、必ずしも安全を保証しません。境界をあいまいにしたまま運用していれば、悪意がなくても同じ坂を滑り出してしまう。守るべきは志ではなく、境界そのものなのです。


区分管理と残高照合という基本動作
防ぐための基本動作は、地味ですが明快です。
第一に、依頼者ごとに金銭を区分して管理すること。
第二に、入出金をその都度記録すること。
第三に、帳簿上の残高と実際の口座残高を定期的に照合すること。
- 預り金は依頼者ごとに区分し、混ぜない
- 自分の事務所の運転資金とは口座やフォルダの段階で明確に分ける
- 入金・出金は発生のたびに記録する
- 帳簿残高と通帳残高の照合を習慣にする
特に三つ目の照合は、ズレを早期に発見する装置になります。
月に一度でも突き合わせていれば、わずかな食い違いの段階で気づけます。ズレは時間が経つほど原因の特定が難しくなり、放置すれば「どこで何が狂ったのか」すら分からなくなります。小さなズレのうちに直せることが、混同を防ぐ最大の武器です。
照合は、不正を疑うための作業ではなく、自分の管理が正しいことを毎月確認するための作業だと考えると、続けやすくなります。


記録がなければ潔白も証明できない
最後に、若手にこそ伝えたい点があります。
記録は「不正をしていないこと」を証明するためにこそ要る、ということです。
仮にあなたが一円も流用していなくても、依頼者から返還の苦情が出て調査を受けたとき、記録がなければ何も説明できません。
依頼者の記憶違いや誤解で苦情が出ることもあります。そのとき「ちゃんと預かっていました」という言葉だけでは、潔白を示せないのです。
むしろ記録の不在は、それ自体が管理の甘さとして疑いを呼び込みます。
逆に、依頼者ごとの区分と入出金記録、残高照合の跡が残っていれば、それ自体があなたを守る盾になります。いつ、いくら預かり、何にいくら使い、残りがいくらか――それを淡々と示せれば、苦情はその場で解けます。
記録は疑いを晴らす唯一の言語だ、と考えておくとよいと思います。そしてこの言語は、苦情が来てから慌てて用意できるものではなく、平時の積み重ねによってしか書けないものです。
この発想は、扱う金額がまだ小さい今だからこそ身につけやすいものでもあります。大きな預り金を任されるようになってから帳簿の付け方を覚えようとすれば、緊張と忙しさの中で習慣化に苦労します。けれど件数も金額も限られている今のうちに、預かったらすぐ記録する、月末に必ず照合する、という流れを体に通しておけば、案件が増えてもそのまま延長できます。
記録の習慣は、自分の潔白を将来にわたって証明し続けるための、もっとも安価な保険だと考えておくとよいと思います。



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