COLUMNコラム
執行猶予中の再犯はなぜ重いのか?札幌タイヤ脱落事故・無免許逮捕から見る司法の仕組みと被害者賠償
ニュース解説 2026.02.13.
~目次~
2023年に北海道札幌市で発生した、不正に改造された車からタイヤが外れ、女の子に直撃し意識不明の重体となっている痛ましい事故から、まだ人々の記憶も生々しい中、耳を疑うようなニュースが飛び込んできました。
執行猶予判決を受けていた加害者が、その猶予期間中に「無免許運転」で再逮捕されたのです。
SNSやネットニュースのコメント欄では、「信じられない」「反省の色が全くない」「司法を舐めている」といった怒りの声が溢れかえっています。
私たち法律家の視点から見ても、今回の事態は単なる再犯という枠を超え、司法が示した温情を正面から踏みにじる極めて悪質な行為であると断じざるを得ません。
しかし、感情的な怒りとは別に、冷静に法的な側面を見ていく必要があります。
「執行猶予中に罪を犯すと、具体的にどうなるのか?」
「刑務所行きは確定なのか?」
「被害者への賠償はどうなってしまうのか?」
これらは、法律の専門知識がない方にとっては分かりにくい部分です。
本コラムでは、今回のニュースを題材に、弁護士法人横田秀俊法律事務所が、執行猶予の仕組みから再犯時のペナルティ、そして被害者賠償への影響について、一般の方向けに徹底的に深掘りして解説します。
はじめに:司法の温情を裏切る行為とは
刑事裁判において、判決は被告人の人生を左右する重大な局面です。
その中で下される「執行猶予」という判決は、裁判官が被告人の更生を信じ、社会内で生活しながら罪を償うチャンスを与えるものです。
今回の札幌のケースでは、過失運転致死傷罪などで有罪判決を受け、まさにその「ラストチャンス」を与えられている最中でした。
それにもかかわらず、免許取り消し処分中に車を運転するという行為は、過失(うっかり)ではなく、明確な意思を持ったルール違反です。
これは、社会のルールを守る気がないと公言しているに等しく、私たち弁護士から見ても弁護の余地が見出しにくい、極めて重い背信行為と言えます。

そもそも「執行猶予」とはどういう制度か?
ニュースでよく耳にする「執行猶予」ですが、正確な意味をご存じでしょうか。
執行猶予とは、裁判所が懲役刑や禁錮刑などの有罪判決を言い渡す際に、情状によってその刑の執行を一定期間待ってあげる制度です。
例えば、「懲役2年・執行猶予4年」という判決が出たとします。
これは、「本来なら今すぐ2年間刑務所に入ってもらうが、今日から4年間、真面目に法律を守って生活できるなら、その2年の刑務所行きをなかったことにしてあげよう」という契約のようなものです。
これは、初めて罪を犯した人や、更生の意欲が強い人に対し、刑務所に入れることで社会生活を断絶させるよりも、社会の中で立ち直らせる方が有益だと判断された場合に適用されます。
つまり、罪が許されたわけではなく、「首の皮一枚で繋がっている」状態なのです。

執行猶予中の再犯!「刑務所行き」は確定するのか
結論から申し上げますと、今回のケースにおいて、加害者が実刑(刑務所に入ること)になる可能性は【極めて高い】と言わざるを得ません。
法律には、執行猶予期間中に再び罪を犯した場合の取り扱いについて、大きく分けて2つのルールが存在します。
・必要的取消し(必ず取り消されるケース)
・裁量的取消し(裁判官の判断で取り消されるケース)
執行猶予期間中に、新たに禁錮以上の刑(実刑)に処せられた場合、前の執行猶予は法律上、必ず取り消されます。
また、罰金刑であっても、その内容が悪質であれば、裁判官の裁量によって取り消されることがあります。
今回の無免許運転が起訴され、有罪となれば、前回の執行猶予が取り消される条件を満たす可能性が濃厚です。

「お弁当」の仕組み:過去の罪と新しい罪の関係
法曹界(裁判官、検察官、弁護士)の間では、執行猶予のことを隠語で【お弁当】と呼ぶことがあります。
執行猶予判決を受けた人は、背中に「刑務所行きのチケット(お弁当)」が入ったリュックサックを背負って生活しているとイメージしてください。
執行猶予期間を無事に何事もなく過ごせれば、リュックの中のお弁当は腐って消滅し、刑務所に行く必要はなくなります。
しかし、期間中に悪さをして再逮捕されると、どうなるでしょうか。
裁判所は、「隠し持っていたお弁当(前の事故の刑)」と「新しいお弁当(今回の無免許運転の刑)」の両方を、一気に食べるように命じます。
つまり、前回の刑期と今回の刑期が【足し算(合算)】されて、長い期間刑務所に入らなければならなくなるのです。
これが、執行猶予中に再犯することの最大のリスクであり、法の厳しさです。

無免許運転という犯罪の重さと司法の判断
「たかが無免許運転」と軽く考えている人がもしいるなら、それは大きな間違いです。
無免許運転は道路交通法違反の中でも非常に重い部類に入り、最高で【3年以下の懲役または500万円以下の罰金】が科されます。
通常、初犯の無免許運転であれば罰金刑で済むこともありますが、今回は状況が全く異なります。
執行猶予中の犯行であること、そして前回の事故で被害者を死傷させているにもかかわらず、反省せずにハンドルを握ったこと。これらは、裁判官に対して【規範意識(ルールを守る心)の欠如】という最悪の心証を与えます。
「更生の余地なし」と判断されれば、今回の無免許運転自体に対しても実刑判決(執行猶予がつかない懲役刑)が下される可能性が高く、そうなれば自動的に前回の執行猶予も取り消され、長期の収監が決定的となります。
被害者遺族への賠償金はどうなるのか
多くの一般市民の方が懸念しているのが、「加害者が刑務所に入ってしまったら、亡くなった女児の遺族への賠償金が支払われなくなるのではないか?」という点でしょう。
これについては、刑事と民事の違いを理解する必要があります。
・刑事罰と民事賠償は「別物」
法律上、刑事罰(国が刑務所に入れること)と、民事上の損害賠償(加害者が被害者にお金を払うこと)は、全く別の手続きです。
刑務所に入ったからといって、賠償義務が消滅したり免除されたりすることは一切ありません。
・支払い原資の問題
交通事故の場合、多くのケースでは「任意保険」や「自賠責保険」が賠償金の支払いを担当します。加害者が刑務所に入っても、保険会社との契約が有効であれば、保険会社を通じて遺族への支払いは進められます。
ただし、保険の限度額を超える部分や、保険が適用されない部分については、加害者本人に請求することになります。加害者が収監されれば収入は途絶えるため、本人からの直接回収は事実上困難になるケースが多いのも現実です。

誠意の欠如は「慰謝料」にどう響くか
もし現在、遺族と加害者の間で民事上の示談交渉や訴訟が行われている場合、今回の再犯は加害者にとって【致命的な不利益】をもたらします。
交通事故の損害賠償、特に「慰謝料」の算定において、加害者の態度は重要な要素の一つです。
通常、真摯に反省し、謝罪を尽くしていれば情状酌量されることもありますが、今回はその逆です。
執行猶予中に無免許運転をするという行為は、「反省していない」ことの動かぬ証拠となります。
裁判所はこれを【悪質性が高い】と判断し、慰謝料の増額事由(通常よりも高い金額を認める理由)として考慮する可能性が極めて高いでしょう。
「お金を払えばいい」という問題ではありませんが、法的には、誠意の欠如は金銭的負担の増加という形で跳ね返ってくることになります。

なぜ無免許運転は繰り返されるのか?法的課題と限界
「なぜあんな悲惨な事故を起こして、まだ運転できるのか?」
この素朴な疑問は、現在の法制度の限界を鋭く突いています。
行政処分として「免許取消」になれば、法律上は運転する資格を失います。しかし、車自体はそこにあり、鍵さえあればエンジンはかかります。
今回の加害者のように、「法律を守ろう」という気持ちが欠落している人間に対して、現在の法律は「物理的に運転させない」という強制力を持っていません。
できるのは、事後的に捕まえて重く罰することだけです。
海外の一部では、過去に違反歴がある者の車に、呼気検査や生体認証を通さないとエンジンがかからない装置(アルコールインターロック等)の義務化が進んでいる国もあります。
日本においても、単に「免許を取り上げる」だけでなく、無免許者が物理的に車両を動かせないような技術的・制度的な仕組みの導入を議論すべき時期に来ているのかもしれません。

弁護士としての総括:法の隙間と司法の信頼
今回の事件は、単なる一交通違反として片付けることはできません。
【司法が与えた最後のチャンスを、最も悪質な形で裏切った】という点に、この事件の本質があります。
執行猶予制度は、性善説に基づいた、人間への信頼の上に成り立つ制度です。
「失敗は誰にでもある、やり直すチャンスを与えよう」という社会の優しさです。
その優しさを悪用し、被害者遺族の感情を逆なでするような行為は、断じて許されるものではありません。
今後開かれるであろう裁判では、前回の事故の重さと、今回の背信行為を厳正に審査し、社会が納得できる公正な裁きが下されることを、一法律家として強く望みます。
また、私たち弁護士も、加害者の権利を守る立場とはいえ、このような法の信頼を揺るがす再犯をどう防いでいくべきか、改めて重く受け止めなければなりません。
当事務所では、交通事故の被害者支援、加害者の刑事弁護、執行猶予中の法的トラブルなど、幅広い法律相談を承っております。
法律のことでお悩みの方は、お一人で抱え込まず、まずは専門家である弁護士にご相談ください。

