COLUMNコラム
固定残業代と休憩時間-「練習時間」「準備片付け」は労働時間か?
エステ法務 2026.02.05.
~目次~
福井県大野市の弁護士法人横田秀俊法律事務所です。
美容室やエステサロンなどの美容業界では、古くからの慣習として「始業前の掃除」や「終業後の自主練習」が当たり前のように行われてきました。
しかし、近年の労働意識の変化や法改正に伴い、これらの時間が「労働時間」にあたるかどうかが厳しく問われるようになっています。
特に「自主練習」という名目であっても、実態として強制力がある場合は未払い残業代として大きな法的リスクを抱えることになります。
本コラムでは、サロン経営において避けて通れない労働時間の境界線と、固定残業代制度の正しい運用について、徹底解説いたします。
労働時間とは何か?-法律上の定義と判断基準
労働基準法における「労働時間」とは、単にタイムカードを打刻している時間だけを指すのではありません。
判例上、労働時間とは「労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間」と定義されています。
ここでのポイントは、使用者の「指揮命令下に置かれている」かどうかです。
これは、雇用契約書に記載された就業時間だけを見るのではなく、客観的に見て労働者が業務に従事することを義務付けられているか、あるいは拒否することが事実上困難であるかによって判断されます。
例えば、サロンの営業開始が午前10時であっても、店長から「9時30分には店に来て掃除を終えておくように」と指示されていれば、その30分間は指揮命令下にあると言えます。
たとえ時給が発生しない「サービス」のつもりであっても、法的には立派な労働時間としてカウントされるのです。

始業前の準備・朝礼・掃除は労働時間に含まれるのか
多くのサロンで問題となるのが、始業前後の付随的な作業です。
・着替えの時間
指定の制服やエプロンへの着替えが業務上義務付けられており、かつ所定の場所で行う必要がある場合、その着替えに要する時間は労働時間に含まれる可能性が高いです。
・朝礼やミーティング
連絡事項の共有やモチベーションアップのための朝礼は、参加が強制されている以上、完全に労働時間です。自由参加であっても、欠席すると評価に響くような雰囲気がある場合は、黙示の指示があったとみなされます。
・準備と片付け
タオルの準備、薬剤の調合、営業後のフロア掃除、レジ締め作業などは、いずれも業務を遂行する上で不可欠な作業です。
これらを行っている時間は、当然ながら労働時間として計上しなければなりません。
これらの時間を「準備だから」「当たり前のマナーだから」という理由で切り捨てていると、後々に労働基準監督署からの是正勧告や、退職した従業員からの残業代請求を受ける原因となります。

「自主練習」が労働時間とみなされる境界線
美容業界において最も議論を呼ぶのが、アシスタントなどの技術向上のための「練習時間」です。
多くの経営者は「自分の将来のために技術を磨いているのだから、これは自己研鑽(自主練習)であり、給料を払う必要はない」と考えがちです。
しかし、法律の判断はそれほど甘くありません。
【労働時間とみなされるケース】
・練習への参加が強制されている。 ・練習に参加しないと、技術検定を受けられず昇給もしない。
・練習のカリキュラムが細かく決められており、指導員(先輩)の立ち会いが必要。
・営業終了後、全員が残って練習することが暗黙の了解となっている。
【労働時間とみなされないケース】
・いつ、どこで練習するか、あるいは全く練習しないかを従業員が完全に自由に決定できる。
・練習しなくても不利益な扱い(評価ダウンなど)を受けない。
・店舗の設備を「貸している」だけで、店長や先輩からの直接的な指導や指示がない。
特に、カリキュラム化された教育プログラムがある場合、それは業務に必要なスキルの習得とみなされ、労働時間と判断されるリスクが極めて高くなります。
もし自主練習として扱いたいのであれば、完全に「自由意志」であることを証明できる仕組み作りが必要です。

休憩時間の定義と「手待時間」との違い
休憩時間とは、労働者が労働から「完全に解放」されている時間を指します。
美容室では「予約が入っていない時間=休憩時間」と解釈されていることがありますが、これは間違いです。
客がいつ来るかわからない状態で待機している時間は、法律上は「手待時間(てまちじかん)」と呼ばれ、労働時間に含まれます。
・電話が鳴ったら出なければならない。
・来客があったら対応しなければならない。
・休憩中でも制服を着たまま店内で待機し、指示があればすぐに動ける状態でなければならない。
これらはすべて「労働からの解放」とは言えません。
正しい休憩時間とは、例えば「外出が自由である」「電話対応の義務がない」といった状態を確保している時間のことです。

固定残業代(みなし残業)の仕組みと無効化のリスク
美容業界の求人票でよく見かけるのが「月給25万円(固定残業代5万円含む)」といった記載です。
これを「固定残業代制度」と呼びますが、正しく導入できていないサロンが非常に多いのが実態です。
固定残業代制度が有効と認められるためには、以下の要件を満たす必要があります。
(1)判別可能性 基本給の部分と、固定残業代の部分が明確に区分されていること。
(2)対価性 その手当が「時間外労働の対価」として支払われていることが明確であること。
(3)差額支払の合意と履行 あらかじめ設定した残業時間を超えて働いた場合、その差額を別途支払うことを約束し、実際に支払っていること。
よくある失敗例は、5万円の固定残業代を払っているからといって、何時間残業させても追加料金が発生しないと思い込んでいるケースです。
もし実際の残業代が5万円を超えていれば、その差額を支払わなければなりません。
また、固定残業代を含めた賃金が最低賃金を下回っている場合、その制度自体が無効とされることもあります。

1分単位の勤怠管理が必要な理由
「うちは15分単位で切り捨てているから大丈夫」という声を耳にすることがありますが、これも法的にはアウトです。
労働時間は「1分単位」で管理し、給与を計算するのが原則です。
15分や30分単位での切り捨ては、労働者にとって賃金の未払いが生じるため、認められません。
一方で、1ヶ月の総労働時間の端数を計算する際に、30分未満を切り捨て、30分以上を1時間に切り上げるという処理は、事務簡素化の観点から例外的に認められていますが、日々の打刻を切り捨てることはできません。
デジタル化が進んだ現在では、スマホやタブレットで1分単位の打刻ができる勤怠管理システムが安価に導入可能です。アナログな手書きの出勤簿や、一律の切り捨て処理は、トラブルの際に経営者を不利な立場に追い込む最大の要因となります。

未払い残業代請求を防ぐために経営者がすべき実務的対応
サロンを守るためには、今すぐ以下の対策を講じることをお勧めします。
まず第一に、現在の「労働時間」の棚卸しを行ってください。
朝の掃除は何時から始まっているか。
終業後の練習は本当に自由参加か。
それらを書き出し、実態を把握することから始まります。
第二に、就業規則と雇用契約書の見直しです。
固定残業代を採用している場合は、その金額が何時間分の残業代に相当するのか、基本給はいくらなのかを明文化してください。
第三に、練習時間のルール化です。
「週に2回は強制的な研修日(労働時間として給与を払う)」「それ以外は完全な自主練習(一切の指導を行わず、場所を貸すだけ)」というように、白黒をはっきりさせることが重要です。中途半端な「見守り指導」が最も危険です。
第四に、勤怠管理システムの導入です。
客観的な記録を残すことは、従業員を守るだけでなく、不当な請求から経営者を守ることにもつながります。


まとめ:トラブルのないサロン経営を目指して
美容業界における労働問題は、かつての「師弟関係」や「徒弟制度」の感覚を、現代の労働法に無理に当てはめようとすることから生じます。
しかし、時代は変わりました。従業員は「技術を教えてもらっている生徒」ではなく、対等な立場で労働力を提供する「労働者」です。
「練習時間」や「準備片付け」を労働時間として正しく認識し、適切な賃金を支払うことは、一見するとコスト増に思えるかもしれません。
しかし、法的なリスクを排除し、透明性の高い職場環境を作ることは、結果として離職率の低下や質の高い人材の確保につながり、サロンの長期的な発展に寄与します。
福井県大野市の弁護士法人横田秀俊法律事務所では、サロン経営における労務トラブルのご相談や、就業規則の整備などを承っております。
未払い残業代の問題が表面化する前に、ぜひ一度専門家のアドバイスを受けることをご検討ください。地域のサロン経営者が安心して技術の向上と顧客満足に専念できるよう、私たちは法的な側面から全力でサポートいたします。
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本コラムの内容について詳しく知りたい方や、自社の契約状況に不安がある方は、お気軽に当事務所までお問い合わせください。

