COLUMNコラム
契約書なしの「口約束」でも契約は成立する?言った言わないのトラブル防止策と証拠の作り方
~目次~
「昔からの付き合いだから、いちいち契約書なんて交わすのは野暮だ」
「社長とはツーカーの仲だから、口頭で頼まれたことでもすぐに着手している」
「急ぎの追加工事だから、見積もりは後回しでとりあえず現場を動かしてほしいと言われた」
建設業や製造業、あるいはシステム開発の現場など、長年の信頼関係で成り立っている業界では、このようなやり取りは日常茶飯事かもしれません。
しかし、その「信用」だけで進めた仕事が、後に会社の資金繰りを揺るがす大きなトラブルに発展するケースが後を絶ちません。
口頭で依頼された追加工事や仕様変更を行ったのに、いざ請求段階になって
「そんな高い金額は聞いていない」
「そもそも頼んでいない」
「あれはサービス(無償)だと思っていた」
と言われてしまったら、どうすればよいのでしょうか。
本コラムでは、契約書がない状態での法的な契約の効力と、万が一トラブルになった際に会社を守るための「証拠作り」の具体的なテクニックについて、弁護士が詳しく解説します。

そもそも「口約束」だけで契約は成立するのか?(民法の原則)
結論から申し上げますと、契約書がなくても、口約束だけで契約は成立します。
日本の民法において、契約とは当事者の「申込み」と「承諾」の意思表示が合致することで成立するものとされています(諾成契約)。保証契約など書面が必須とされている一部の例外を除き、契約書の作成は契約成立の必須条件ではありません。
例えば、発注担当者が「この追加工事を100万円でやってくれ」と申し込み、あなたが「分かりました、やります」と承諾した時点で、法的には100万円の請負契約が完全に成立していることになります。 したがって、相手方が後になって「契約書にハンコを押していないから払わない」と主張したとしても、その理屈は法的には通りません。契約自体は有効であり、支払い義務は発生しています。

なぜ「言った言わない」の裁判で負けてしまうのか
「契約は成立している」と申し上げましたが、ここには実務上の大きな落とし穴があります。
いざ相手が支払いを拒否し、裁判などの法的手続きになった場合、裁判官は「客観的な証拠」がなければ事実を認定してくれないという点です。
これを法律用語で「立証責任」といいます。
あなたが「100万円で頼まれた」と主張し、相手が「いや、もっと安い金額だと言っていた」あるいは「無償のサービス工事だと思った」と主張した場合、裁判所はどちらの言い分が正しいかを、提出された資料に基づいて判断します。
このとき、契約書という「最強の証拠」がないと、あなたの主張を裏付けるものが何もなくなってしまいます。裁判官は当事者のやり取りを見ていたわけではないため、証拠がなければ「契約内容が不明確である」あるいは「合意があったとは認められない」として、代金請求を認めない(敗訴する)可能性が非常に高くなるのです。
つまり、契約書は「契約を成立させるための紙」ではなく、「契約の内容を後から証明するための紙」として極めて重要な役割を果たしているのです。

今からでも間に合う!契約書がない場合の「証拠」の作り方
では、既に口頭での指示で動いてしまっている場合、もう手遅れなのでしょうか?
いいえ、諦めるのはまだ早いです。正式な契約書がなくても、日々の業務の中で「証拠となる記録(ログ)」を残していくことで、契約の存在や内容を立証できる可能性があります。
以下のような書類ややり取りは、裁判において契約書を補完する重要な証拠となり得ます。
◎発注書・請書・見積書
契約書を作らなくても、せめて「見積書」を出し、それに基づいて相手から「発注書」をもらう、あるいは「請書」を出すといったやり取りがあれば、金額や工事内容について合意があったことの強い推認材料になります。
◎図面や仕様書
追加工事の指示があった際、新しい図面や仕様書を受け取っていませんか?それらの資料は「変更の指示があった」ことの証明になります。
◎議事録・打ち合わせメモ
打ち合わせの際に、「追加工事:〇〇一式、費用:〇〇万円」と手帳にメモをするだけでは不十分です。重要なのは、それを相手と共有することです。
打ち合わせ後すぐに、「先ほどの打ち合わせ内容を確認のため送ります」とメールやFAXで送付し、相手から異議が出なければ、その内容で合意が進んでいたことの補強材料になります。

メールやLINEを活用した「既成事実化」のテクニック
近年では、メールやLINE、ビジネスチャットツールでのやり取りも極めて有力な証拠として扱われます。
特に、「タイムスタンプ(日時)」が自動的に記録される点は、言った言わないの争いにおいて非常に強力です。
口頭で「やっておいて」と言われた直後に、次のようなメッセージを相手に送ってください。これは一種の「確認メール」ですが、法的には合意内容の証拠化という重要な意味を持ちます。
『「先ほどご指示いただいた〇〇の追加工事の件、承知いたしました。 早急に資材を手配し、来週月曜日から着工します。 費用は概算で〇〇万円(税別)となります。 進めて問題がある場合は、明日午前中までにご連絡ください。」』
これに対して、相手から「了解」「お願いします」といった短い返信があれば、それは金額と内容について合意があったことの決定的な証明になります。
LINEであれば、既読がついた上で「OK」のスタンプが送られてきただけでも、立派な証拠になり得ます。
重要なのは、一方的に送るだけでなく、相手のリアクションを引き出すことです。
返信があれば、「見ていなかった」「そんなつもりじゃなかった」という言い逃れを封じることができます。

最後の砦!「工事完了確認書」や「納品書」のサインが持つ法的意味
工事や納品が完了した際、そのまま請求書を郵送して終わりにしていないでしょうか?
ここでひと手間かけることが、未払いトラブルを防ぐ最後の、そして最強の砦となります。
それは、「工事完了確認書」や「納品書」に相手のサイン(受領印・検収印)をもらうことです。
もし相手が「こんな工事頼んでいない」「工事に不備がある」と言い張るつもりなら、完了確認書にサインをするはずがありません。
これにサインがあるということは、「発注した通りの工事が行われ、問題なく引き渡された(検収合格)」ことを相手が認めたという強力な事実になります。
特に、口頭発注による追加工事があった場合は、当初の契約とは別に「追加工事完了確認書」や「作業報告書」を作成し、そこに追加分の作業内容を明記して現場担当者のサインをもらっておきましょう。 この一枚の紙があるだけで、後の裁判での勝率は格段に上がります。

角を立てずに契約書や証拠を残すための「言い回し」
そうは言っても、長年の付き合いがある取引先に「契約書を作ってください」「確認のサインをください」とは言い出しにくいものです。
「俺のことが信用できないのか」と機嫌を損ねられるのを恐れる気持ちも分かります。
そのような場合は、「自社の都合」ではなく「外部のルール」を理由にするのがスムーズです。
『税務署の指導が厳しくて、口頭発注の案件は経費として認められないと言われてしまいまして…形式だけでいいので一筆いただけますか?』
『銀行からの融資の関係で、すべての案件について発注書を整理するように言われているんです』
『最近、社内のコンプライアンス規定が変わりまして、上司への報告用にサインが必要なんです』
このように伝えれば、相手の信用を疑っているわけではなく、「会社のルール上、仕方なくお願いしているという形をとれるため、角を立てずに書面化を進めることができます。

トラブルを未然に防ぐために
「なぁなぁ」の関係は、仕事が順調な時はスピーディーで心地よいものですが、ひとたびトラブルになれば、長年積み上げてきた信頼関係を一瞬で崩壊させます。
また、回収できない売掛金は、御社の経営を直接圧迫します。
契約書や証拠を残すことは、決して相手を疑うことではありません。
お互いの認識のズレを防ぎ、良好な関係を長く続けるための「マナー」であると捉えてください。
もし、現在進行形で
「追加費用を払ってもらえそうにない」
「口約束だけで進めてしまった工事の代金回収が不安だ」
というお悩みを抱えている場合は、メールの履歴や現場のメモ、図面など、手元にある資料をすべて集めて、できるだけ早い段階で弁護士にご相談ください。
「契約書がないから無理だ」とご自身で判断せず、法的な観点から分析すれば、これまでのやり取りの中から請求の突破口が見つかることもあります。

