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未払い残業代請求のリスクと対策-請求されてから慌てないために

企業法務 2025.12.28.

未払い残業代請求のリスクと対策-請求されてから慌てないために

「うちは営業手当として毎月決まった額を払っているから、残業代は込みになっている」

「従業員とは家族のような信頼関係があるから、訴えられるなんてことはない」

 もし、経営者であるあなたが今、このように考えているとしたら、それは会社にとって非常に大きな《隠れリスク》を抱えている状態と言わざるをえません。

 近年、インターネットやSNSで労働法の知識が容易に手に入るようになったことで、労働者の権利意識はかつてないほど高まっています。

 在職中は何も言わなかった従業員が、退職した途端に弁護士を代理人に立てて、数百万円規模の未払い残業代を請求してくるケースが急増しているのです。

 特に、「固定残業代(みなし残業代)」を導入している中小企業において、制度の運用ミスが命取りとなり、想定外の巨額支払いを余儀なくされる事例が後を絶ちません。

 本コラムでは、多くの中小企業経営者様が誤解している「残業代込み」の落とし穴と、会社を守るための具体的な対策について、弁護士法人横田秀俊法律事務所が詳しく解説します。

「残業代込み」は通用しない?固定残業代の厳格な要件

 多くの中小企業で導入されている「固定残業代制度」。

 基本給の中に残業代を含めたり、一律の営業手当などを残業代の代わりとして支払ったりする制度ですが、単に「給与規定にそう書いている」や「口頭で説明した」だけでは、裁判等の法的な場面で有効とは認められないケースが多々あります。

 裁判実務において、固定残業代が有効とされるためには、非常に厳格な要件を満たす必要があります。

 主に以下の3点が重要です。

《① 通常の労働時間の賃金と、割増賃金(残業代)が明確に区分されていること》

 例えば、「基本給30万円(残業代含む)」という記載だけでは不十分です。「基本給25万円、固定残業手当5万円」のように、いくらが通常の給与で、いくらが残業代なのかが、契約書や給与明細上で明確に分けられていなければなりません。

《② その固定残業代が「何時間分」の残業に相当するかが明記されていること》

 「月45時間分の時間外労働を含む」など、具体的な時間数の設定と、それに対する従業員の合意が必要です。漠然と手当を払っているだけでは、残業代として認められない可能性が高いのです。

《③ 固定分を超過した場合は、差額を支払う合意と実態があること》

 ここが最も見落とされがちなポイントです。

 「固定給だから何時間働かせても給料は同じ」ではありません。設定した固定残業時間を超えて働いた場合は、その分の残業代を別途計算して支払う必要があります。この清算が行われていないと、制度自体が否定される要因になります。

 もし、これらの要件を満たしていないと裁判所で判断された場合、どうなるのでしょうか? 会社側が「残業代のつもり」で支払っていた手当は、法的には「ただの基本給」とみなされてしまいます。

 その結果、【支払済みの手当も含めた金額を基礎として、改めて残業代を計算し直して支払わなければならない】という、二重払いのような事態に陥ります。

 これは経営にとって壊滅的なダメージとなりかねません。

「15分未満は切り捨て」は違法!1分単位の勤怠管理

 「うちはタイムカードで管理しているから大丈夫」という企業様でも、集計方法に問題があるケースが散見されます。

 よくあるのが、「15分単位」や「30分単位」での切り捨て処理です。

  例えば、「9時13分に出社したら9時15分始業」「18時20分に退社したら18時15分終業」として計算するような運用です。

 このような日々の切り捨ては、労働基準法違反となる可能性が極めて高い運用です。

 労働時間は原則として【1分単位】で把握・計算しなければなりません。

 「たかが数分」と思われるかもしれませんが、毎日10分程度の未払いが発生していたとして、それが1年、2年と積み重なるとどうなるでしょうか?

 従業員1人あたりで見れば数十万円かもしれませんが、もし従業員が10人、20人といた場合、その総額は数百万円、数千万円に膨れ上がります。

 勤怠管理がルーズであるということは、それだけで会社全体が巨大な負債リスクを抱えているのと同じことなのです。

過去3年分に延長!遡って請求されるリスクの増大

 かつて、残業代請求の時効は「2年」でした。

 しかし、法律の改正により、2020年4月以降に支払日が到来する賃金については、消滅時効が【3年】に延長されています(将来的には5年になる予定です)。

 これは経営者にとって何を意味するのでしょうか。

 単純計算で、請求されるリスクのある金額が《従来の1.5倍に膨れ上がった》ということです。

 従業員側からすれば、在職中は証拠(タイムカードのコピーや業務日報、LINEの履歴など)を密かに集め続け、退職してから過去3年分をまとめて請求する方が、より高額な金銭を得ることができます。そのため、退職と同時に内容証明郵便が届くというケースがスタンダードになりつつあるのです。

 「3年分の未払い残業代+遅延損害金+付加金(ペナルティ)」が認められれば、中小企業のキャッシュフローは一瞬で破綻しかねません。

 「そのうちなんとかなる」で済ませられる問題ではないのです。

退職者から「内容証明郵便」が届いた時の対処法

 ある日突然、元従業員の代理人弁護士から「未払い残業代請求」と書かれた内容証明郵便が届く。

 これは経営者にとって非常にストレスのかかる事態であり、動揺されるのも無理はありません。

 しかし、この時に絶対にやってはいけないことが2つあります。

一つは【無視をすること】

もう一つは【感情的に反論すること】です。

 無視を決め込んでいると、相手方は労働審判や訴訟といった法的手段に移行します。裁判所の呼び出しすら無視すれば、相手の言い分がそのまま認められ、会社の銀行口座が差し押さえられるなどの強制執行を受けることになります。

 また、ご自身で対応しようとして「お前には世話をしてやったのに恩知らずだ!」「うちは残業代込みだと言ってあったはずだ!」と感情的に電話や書面で反論しても、前述した法的な要件を満たしていなければ、火に油を注ぐだけです。かえって不利な証言を残してしまうことにもなりかねません。

 通知が届いた段階で、まずは落ち着いて弁護士に相談し、

《相手の請求額が計算上正しいのか》

《会社の就業規則に照らして反論の余地はないか》

 といった精査を行うことが最優先です。

トラブルを未然に防ぐために弁護士ができること

 未払い残業代問題は、請求されてから対応する「対症療法」では、解決までに多大な時間とコスト、そして精神的な労力を要します。

 最も賢明なのは、トラブルが起きないような仕組みを作る「予防法務」です。

・現在の就業規則や雇用契約書が、最新の法令に対応しているか

・固定残業代の規定は、法的に有効な要件を満たして運用されているか

・タイムカードや勤怠管理の方法に法的リスクはないか

 これらを専門家の目線でチェックし、今のうちに整備しておくことが、会社を守り、ひいては従業員が安心して働ける環境を守ること(=従業員定着率の向上)に繋がります。

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監修・執筆:弁護士 横田 秀俊 福井弁護士会所属

日本弁護士連合会の中小企業法律支援センター幹事を務め、中小企業の法的支援体制の構築に携わる。
福井県内地域においては、福井県事業承継・引継ぎ支援センターのエリアコーディネーターとして、数多くの事業引継ぎや経営課題の解決を主導。
法律のプロフェッショナルとして、緻密な法理と現場主義を両立させた的確なアドバイスを提供している。

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